2008/01/14

[読書] 無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法 - 勝間和代著

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「管理」と考えると辛いけれど、「投資」と考えれば光明が見えてきそうです。

無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法
勝間和代著

いわゆる「時間管理」について長い間悩んでいるので、ひとまず本書を大いに参考にして実践してみようと思います。
本書が私の琴線に触れたポイントは、時間を、義務的な印象の強い「管理」ではなく、明るい将来のための「投資」であると見据える手法です。

※書評についてはあちこちのブログ等で書かれていますので、それらを参照してください。

2008/01/06

[自転車] 堺の自転車博物館へ

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昨年から本格的に始めたサイクリングを、今年2008年も積極的に行なうつもりです。
できればツーリングや大会にも出てみたいと思っています。

今年の手始めに、堺まで行ってみることにしました。
1時間以上のサイクリングは1ヶ月ぶりなので体力が心配ですが、年始の気合入れにもなるでしょう。
この季節、寒さが気掛かりです。

1月5日(土)

9:30、南堀江を出発。
幸いにも快晴です。気温も上がってきました。
R26は交通量が多そうな気がしたので、いったん天王寺まで行って、あべの筋を南下することにしました。

10:00頃、播磨町交差点を通過。
天気が良かったので、のんびりゆっくり走ります。道のりはまだこれからです。

10:10頃、遠里小野橋を通過。
「おりおの」。
大和川の川面も穏やかで、以前のネガティヴイメージはほとんどありません。
ここから堺市です。

少しずつ自動車の交通量が増えてきます。後方に気を付けながらの走行です。
路肩が極端に細い箇所もあり、その場合はやむを得ず歩道を走ることになります。
しかし、歩道の走行は、スピードが極端に落ちることもさることながら、何よりも、路面の振動が手や尻、膝にガタガタと伝わってくるのがネックです。これが、無駄な体力を消耗することになります。

堺東駅の横を通り、御陵通交差点を左折すれば、本日の目標の自転車博物館は間もなくです。

10:25頃、自転車博物館に到着。

私が入館した時、客は私1人。

余談ですが、博物館や展示場のような場所で客が私1人という場面はこれまでも何回かありました。
以前は平日の遠距離ドライブに1人でよく行ってましたので。
そのような場合、次のいずれかの結果になります。

  • 1人なのでじっくりゆっくり見学できる。
  • 案内人が私に集中するので落ち着いて見学できない。
後者の場合、下手をすると変なアトラクションに1人で乗せられることになるなど相当気恥ずかしいことになりますが、今回は幸いなことに前者でした。

自転車の歴史がよくわかります。シマノが設立した財団法人が運営しているらしいです。

平成天皇が美智子様とのご成婚の頃に乗っておられた自転車。正面に菊の御紋が付いています。

昔のシュウィンのクルーザー。かっこいい。

おおっ!
懐かしいーっ!
小学校低学年の頃、こういうタイプが欲しくて、買ってもらったのでした。
そうか、おそらく、私の自転車好きのルーツはこれですね。

相当楽しみました。来て良かったです。

11:10頃、自転車博物館を出発。

この後、仁徳天皇陵の正面に立ち寄った後、さらに南下したものの、鳳駅あたりで尻と膝が少し痛み始めてきたので、本日はここまで。近辺で昼食を取り、来た道を引き返しました。

14:30頃、南堀江に到着。

走行距離: 40.1km
実走行時間: 2時間30分

次は、暖かくなってきた頃に、もう少し南下して今度は海の側を走りたいと思います。

2008/01/02

書き初め

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新年明けましておめでとうございます。

今年の「書き初め」として、普段からよく読んでいるブログからアイデア(ネタ?)を頂きました。

「書き初め」でよくない?:Life is beautiful

昔の人は文章を書くと言えば筆を持っていたわけで、元々はその第一筆を「書き初め」と呼んだだけのこと。それならば、キーボードをたたくブロガーの第一筆を「書き初め」と呼ぶのは当然ではないかと。

毎年、元日は実家でのんびり静かに過ごすことにしているので、一年の目標や計画を立てるのにちょうどいいのですが、それを聞いた複数の知人から「『一年の計は元旦にあり』を地で行くねんな」と言われました。
ハイ、その通りです。
日本的な文化や風習を無意識のうちに忘れてしまわないように、思いつく範囲・出来る範囲ではあるけれども、そういうことをなるべくやってみようと思っているわけです。

そこに、上述のエントリ。
墨を磨って毛筆で、というのもできればやってみたいですが、今年はひとまずこのエントリが「書き初め」ということでお茶を濁して終わっておきます。

2007/12/17

knolにはWikipediaとは別次元の専門性を期待する

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常日頃から「Web上に『信頼できる百科事典』があればいいな。」と思っているので、このサービスの行く末は大いに気になる。
『信頼できる百科事典』が「Wikipedia」ではないと考えている私にとっては。

Google版Wikipedia? 知識共有ツール「knol」をテスト : ITmedia News

Googleがテスト中のknolでは、誰でも特定のトピックについて解説ページを作ることができる。執筆者は広告を載せて収入を得ることもできる。

但し、実のところは、何か調べ物をする際に「Wikipedia」の内容を信用する確率は90%以上である。

それでも、「Wikipedia」が百科事典の最終形かどうかとなると、そうは言えない。

それは、表現の大半がテキストに限られているからである。
表現手段に限れば、現在のWikipediaは紙の百科事典と何ら変わりはないとも言える。せっかくのWebなのだから、豊富な画像に加えて、動画や音声などを駆使することによってさらに理解しやすい百科事典が作られるべきだという発想はごく自然なことだと思う。

ならば、将来のWikipediaが動画や音声を採り入れて発展していくかと言えば、現段階では怪しい。テキストや少量の画像までは編集できても、動画や音声を自由に編集できる人はまだまだ少ないからである。誰でもが編集に参加できると言うには、現在の動画や音声の編集環境は追いついていない。

そのような、今後Wikipediaが苦労しそうな領域に対して、knolが新たな解を提示する可能性は大きい。
このサービスは「knol(unit of knowledgeを表す)」と呼ばれ、特定のトピックをよく知っている人に、そのトピックに関して信頼できる解説を書いてもらうことが目的という。
knolは実際には、特定のトピックについての解説が書かれたWebページ。そのトピックを初めて検索する人が最初に読みたいと思うような内容になるという。Googleは、科学や医療、地理、歴史、エンターテインメント、製品情報、ハウツーまで、あらゆるトピックをカバーすることが目標だとしている。
これらから予想できることは、まず、特定のトピックに熟知した執筆者が、本人の考える通りの内容で、公開できるということである。原則として、内容に関して第三者からの反論を受け付ける必要がないため、執筆者にとっては余計なノイズを気にせずに公開できる。
また、真に熟知した執筆者の中には、既に、動画や音声も含めた豊富なコンテンツを所有している場合も多いはずであり、表現力豊かな内容で公開するには理想的であると考えられるのである。
記事の最後もこのように締められている。
Googleは、このプロジェクトの主眼は執筆者にスポットライトを当てることだと説明している。書籍ならば執筆者の名前が表紙に載り、記事ならば署名欄 があるが、「Webは執筆者の名前を強調する強力な決まりがないまま進化した」と同社は指摘、執筆者を知れば、ユーザーがWebコンテンツをより活用する 役に立つとしている。「knolに、執筆者が名声を賭けた意見や視点が載ることを期待している」
すなわち、動画や音声の表現力の向上が期待できるだけではなく、いわば「本当の」専門家がknolを執筆する状況が生まれるということである。どんな分野でも、誰でもに編集されてしまう可能性のあるWikipediaにその分野の第一人者が書き込もうと思うだろうか。knolはそこに着眼しているのである。

GoogleはWikipediaの遥か上を見据えたものとしてknolを育てていくはずである。大いに期待したい。

2007/12/11

Yahoo!ショッピングリニューアルに見る、サイト運営の教訓

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大きな会社のわりにひどいなぁ、というのが、記事を見た時の感想。

いや、小さな会社ならいいというわけではなくて。
日本で一、二を争うサイトでも、現場の実態はこんなもんなんだなぁ、と。

「かき入れ時なのに」――Yahoo!ショッピングリニューアルで不具合続出 : ITmedia News

「年末商戦のかき入れ時なのに」――11月29日にリニューアルした「Yahoo!ショッピング」の出店店舗から悲鳴が上がっている。新サイト移行に伴い「商品が検索結果に反映されない」「画像が表示できない」など不具合が続出。売り上げが大幅に落ち込んだ店舗もあるようだ。

ちょっと驚きだったのは、状況から察するに、システムが外注だということ。
(社内にシステム部隊が居るならここまでひどくはないはず。)
こんな中核のサービスまで外注なのか…。
まぁ、グループ会社に外注しているのかもしれないけれど、
いずれにせよ、実体を感じられないサービスって気持ち悪いなぁ、と。

まぁ、いろいろツッコミたいところはあるけれど、
この事例は、特にサイトリニューアルの際の、サイト運営の教訓がいろいろ含まれていると思う。

サイトリニューアルとは「見てくれを新しくする」だけではなくて、
  • 既存データをどのように引っ越すのか。
  • 既存クライアント(この場合は出店者)をどのように誘導するのか。
等々、表面化しないToDoが山ほどあるということ。
そして何より、
  • リニューアルのリスクの共有と備え。
が大事ということ。
新しくすることのメリットばかりに気を取られて、リスクがあることを意識しない、
あるいは、リスクがあるのを分かっていながら、あえて直視しない、そのことに触れないようにする、というひどい事態さえある。
だから、システムの当事者や経営者層は当然のこと、
可能であればクライアントまで巻き込むくらいの情報共有を行ない、
関係者のいずれにも無理なしわ寄せが行かないようにすること。

「誰のためのシステムか?」
いつでもこの自問自答を繰り返さなければならないと思う。

2007/11/29

優秀な○○○がいるとシステムが改善されない

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経営とシステム改善が切り離すことのできないものだということに改めて気付かされます。

優秀なナースがいるとシステムがなかなか改善されないという話 : Life is beautiful

ナースたちにとってみれば、システムの欠陥を指摘する・他人のミスを指摘する・ミスの原因を徹底究明する・経営陣に改善を申し出る、などは彼らの仕事ではなく、そんな暇があったら一分一秒でも患者のためになることをすべき。
だから病院の経営陣は、ナースの日々の活動に常に近いところにいてどんな問題を彼らが解決しなければならないのか、どんなところに余計な時間を費やしてい るのか観察し、積極的に手を差し伸べてシステムを改善しつづけなければならない。そして、他人のミスを指摘することが個人攻撃にならないような文化を作 り、誰もがオープンに自分や他人のミスを語り合える場を作るべき。
システム開発者と経営者、それぞれの視点で参考になるこの話が、病院以外でも適用できるのは明らかだと思います。

私の経験でも、「トップダウン&意識共有」によるシステム改善はうまく進むことが多いです。強引なトップダウンでは現場のモチベーションが上がりませんが、トップが整理した改善点を全員が共有できる場を設けてあげて、全体が改善の方向へ進み始めた時に、「このプロジェクトは成功するな」と確信できることが多いです。

トップと現場は、上下関係ではなくて役割分担でなければなりません。
システム改善そのものはトップと現場の共通のミッションであり、トップはその旗振り役という役割をしっかり果たすべきだと思います。

2007/10/03

「ウェブ2.0は、まだウィンドウズ3.1の時代にある」

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「提供する側」としては、少なくともこういう視点に立って、将来を見据えなければならないと思う。

ティム・オライリー:WEB2.0提唱者に聞く----独占インタビュー : 毎日jp(毎日新聞)

印象に残るセンテンスをメモ。(元記事が消えるとイヤなので大量にメモ。)

ウェブ2.0は「モノ」ではなく、市場の段階を表す概念だ。パソコン(の基本ソフト=OS)にたとえるなら、ウェブ2.0は、まだ(92年に発売された)ウィンドウズ3.1の時代にあるといえるだろう。
今後5年以内にはウェブの世界の風景は大きく変わるだろう。
ネットバブルがはじけた時は、どの会社がネットワークを「プラットフォーム」だときちんと理解していたのかを見分けやすかった。これがウェブ2.0の本当 の始まりだった。なぜアマゾンやヤフー、eBayは生き残り、多くの会社は生き残れなかったのか。成功者はインターネットユーザーに付加価値を提供するこ とで得られる利益についてきちんと理解しており、単に「ページビューを稼いで、広告でもうけよう」とは考えなかったからだ。
多くの人は、ウェブ2.0とは様々なアプリケーションの集合体、あるいはブログやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)、(ユーザー同士が内 容を更新し合い、質を高める形式の)「ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ」などのことだと考えている。しかし、私はもっと広い意味でとらえる。ウェ ブ上で動作する様々なアプリケーションを束ねた“じん帯”として、「『集団知』をけん引すること」だと思う。
ウェブ2.0の未来は多くの場合、データベースの奥に隠れている価値の蓄積を見つけ出し、利用者が使えるサービスに変えて行くことだろうと思う。重ねて言 うが、データをいかに解錠して利用者サービスにつなげていくかを学ぶことだ。データはどんどん自動的に生成されるようになってきている。大きな未来がこの 先にあると思う。
日本のウェブサイトは欧米のものに比べ、やや創造性に欠けるように思う。日本には保守的な技術文化があるし、多くの場合、革新の原動力となる若い技術者に 与えられる機会が少ない。彼らは「なぜ、そうでなければならないのか」と疑問を持ち、全く異なる新しいアイデアを生み出す。しかし、企業家文化が欠けてい るために、多くのサイトは既存の方法から脱却できていない。
(日本の携帯サイトについて:)
オープン・プラットフォームを許可していないし、「集団知」を生かせるアプリケーションを構築する機会もない。それが可能になるまでは、モバイルの可能性 は制約を受けるだろう。ただ、モバイル革命は、ウェブブラウザー革命より、さらに大きな潜在力を秘めているといえる。驚くべき革命につながるだろうが、今 はまだだ。
パソコンが世に出た時にハードウエア業界で起きたことと同様、ソフトウエア業界で何が起きていたのか、よく考えた。パソコンは新しいビジネスモデルだっ た。誰かがパソコンの仕様書を作れば、誰でも同じものをつくることが出来た。(中略)その結果どうなったかといえば、ハードウエアの価値は失われ、 価値はソフトウエアに移っていった。
オープンソース・ソフトウエアがウェブに登場した時、似たようなことが起きているのではないかと感じた。オープンソース・ソフトウエアは卓越したソフトウ エア理論だった。オープンソース・ソフトウエアは、ソフトウエア自体を売ることで収益を上げるのは困難になるが、ソフトの価値が失われるわけではない。価 値はどこか別の場所へ移る。では一体、どこに行くのか。
ウィキペディアは、誰かが書き込み、別の誰かが改良することで、より正確なものになっていく。新しい出版刊行の形だ。旧来の出版者は、それを理解しなければならない。グーグルもウィキペディアもエンサイクロペディア・ブリタニカも出版者だといえる。
(新聞やプリントメディアの将来について:)
生き残ることは出来るだろう。ただ、問題は成功するかどうかだ。楽譜が音楽をシェアする手段だった時代には、人々は楽譜を買ってピアノを弾いた。ところが、音楽が録音出来るようになると、人々は楽器を弾くのをやめた。そして、楽譜の市場は縮小していった。
(ウェブ社会のマイナス面、例えば、幼い子供がオンラインゲームにのめり込むなど、現実世界と仮想世界を区別することがますます困難になるのではという指摘に対して:)
そうかも知れない。懸念はいつでもあるものだが、インターネットについての懸念は、いつも大げさに語られる。では、テレビの影響はどうだったのか。 あるいは、読書の影響は。ルネッサンスの時代に、「乗馬や鷹狩りをするべきなのに、うちの子供は引きこもって本ばかり読んでいる」と嘆いた家族の姿が私に は容易に想像出来る。
世界は変わる。もちろん、悪者はいる。常に問題もある。子供のころ、母親に「ボウリング場には麻薬の売人がいるから近づいてはいけない」と言われたことがあった。しかし、ボウリング場と麻薬の売人の固有の連携があるわけではない。
(ウェブの将来について:)
私は極めて楽観的だ。
「WEB3.0」についての具体的言及はなかったが、こればかりはまだ誰にもわからない、ということだろう。
でも、WEBの世界が大きく変化していくのはまず間違いない。

WEB2.0の現在、我々が目指す新しいアプリケーションは、『集団知をけん引すること』を念頭に置かなければならないということ。これこそが最大のヒントだろう。
すなわち、ブログやSNSをこねくり回すようなレベルではない、より革新的なアプリケーションが、WEB2.0の世界でもまだまだ産まれ出てくるということだ。